開元院の住職


自分からの出発

住職 逸見智保 へんみ ちほ

昭和13年1月12日生
岐阜県瑞浪市日吉町平岩生まれ
東京駒沢大学卒業後、土岐津小学校教員として奉職
昭和41年晋山
曹洞宗鷹巣山開元院第三十三世住職となる。


葬儀の「清め塩」の廃止

私たちは、日頃暮らしの中で深い考えもなく、先人がやっているから、人に迷惑をかけるものでもないからと、長い年月にわたり社会の中で実践し定着していることが、事実全くの迷信であったり人の生命にかかわる程の悪い習慣である現実の多くあることに気付かされます。

私は四年程前、葬儀の時、会葬御礼状の中に長年同封されていた「清め塩」の廃止を呼びかけ、 仏教徒の生き方は、優しかった故人との生活の日々を思い、葬儀を通して、仏教の教えを学び、自分を見つめ、 生死の中での新しい生き方を見出すことこそ仏教の葬儀の意義であり、「死」を「けがれ」として清めることは亡き人に 対しての差別であり、悲しく痛ましいことであるとの考えのもと、住職の立場から瑞浪市仏教会の席で発言し、 葬儀社を通じ、会葬御礼と共に「清め塩」を廃止するわけを書状として同封するよう依頼したところ、 今日、日吉町三寺院の檀信徒に於いては、衆知徹底されるにいたり、仏教徒としての誇り自覚につながるものと 確信いたしております。


こよみの「六曜」の迷信について

年末から新年にかけて、多くの会社や商店から配られる宝暦を通して、 結婚式の日取りや、家の新築鎮魂式は大安、友引を選び、祝い事は仏滅を避け、葬儀は友引を避け、疑いもせず ”日の吉凶”であると信じて、私達の生活の中に深い関わりを持っているのが「六曜」です。
「六曜」とは六曜星の略名で先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口、の六星を云い、古く中国に於ける「占い」の 別名称で使われていた物で今は中国では全く使われておらず、室町時代に日本に伝わるも、明治政府は「六曜」は 迷信であると、発行を禁止したのです。
六曜が迷信であることは、暦に配列する時、旧暦の元旦から先勝、友引……赤口と機械的に六曜を繰り返し並べた ものであり、暦よっては配列の異なる物もあり、はっきりと六曜は迷信であるといえるのです。
不思議に思われる事は、この六曜は深い考えや宗教的教議に基づくものでもなく、とりわけ、迷信に対して最も 厳しい態度を要求され、自覚もされていると考えられている市や県民手帳に六曜が記入(全国7県を除く)され、 尚、公共施設である火葬場の友引休日を当然としている市や県が多く、迷信である六曜を暦から取り除く方策を 広く呼びかけ、仏教の教えである「日々是好日」の精神で生きる日暮らしこそ大切だと思います。

丙午(ひのえうま)の迷信
人は好むと


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